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最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)1280号 判決 1956年10月30日

上告人 日本医療団

被上告人 青森労働基準監督署長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人稲田秀吉、同伊藤敬寿の上告理由第一点の(一)について。

労働基準法七八条の場合に、行政庁が過失の認定を拒否したときには、使用者は、行政事件特例法二条によつて取消を求める訴を提起すべきであつて、所論のように労基法八五条による審査の請求をすることはできないものと解すべきである。所論はこのような誤つた前提に立つて、本件を右の場合と同視し原判決を非難するものであるから、採用することができない。

同第一点の(二)(三)(四)について。

論旨は、使用者が監督署長の審査決定に従わない場合は、労基法一〇二条によつて告発され、その結果同法一一九条によつて処罰されることになるから、審査決定の取消を求める利益があると主張する。しかしこの場合使用者が処罰されるのは、審査決定に従わないためではなく、同法七五条乃至七七条、七九条、八〇条の補償または葬祭料を支払わないためである。審査決定の有無は右告発及び処罰とは法律上の関係はない。すなわち同法八五条による審査の請求がなく、決定がない場合でも右各条に違反すれば告発され処罰を受け、また審査決定があり、これに従わなくても、補償支払の義務がなければ処罰されることはない。論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は、労働基準法は、使用者が、所論審査の結果に従わない場合にはこれを処罰せしめるものであるという見解を前提として、同法の違憲を主張する。しかしかりに使用者が所論審査決定に従わなくとも、それだけで処罰せられるのではないこと前述のとおりである。所論違憲の主張は誤つた前提の上に立つものであるから採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 河村又介 島保 小林俊三)

上告理由

第一点 原判決は法令の解釈につき重大な誤りがあると信ずる。原判決は労働基準監督署長及び労働者災害補償審査会の審査及び仲裁の結果は関係者の権利義務に法律上効果を及ぼすものではなく、所謂抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないものと解すべきものとして上告人(控訴人)の控訴を棄却した。

(一) 原判決は「労働基準法第七十五条以下の規定による災害補償に関する労働者と使用者との権利義務関係は各法条にあてはまる事実の生じたとき法律上当然発生するのであつてその権利義務の発生につき行政庁による何等かの処分の介在を要件とするものではないこのことは本件で問題となつている労働基準法第七十九条及び第八十条による補償関係、即ち労働者が業務上死亡した場合における遺族補償及び葬祭料支払に関する使用者と労働者の遺族との権利義務関係についても同様である--中略--即ち労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会が前記法条(労働基準法第八十五条第八十条)によつて行う審査又は仲裁の結果は単に当該行政庁がその判断に基いて関係者に対し災害補償に関する紛議の解決を慫慂する勧告的性質を有するに過ぎないものであつてこれにより本来法律上存在し又は存在しない労働者側と使用者側との権利義務関係に格別の影響を及ぼすものではない」旨判示している。

けれども労働基準法(以下法と略称する)第七十八条によれば労働者が重大なる過失によつて業務上負傷し又は疾病にかかり且つ使用者がその過失について行政官庁の認定を受けた場合においては休業補償又は障害補償を行わなくてもよい」と規定されているこの場合の行政官庁は労働基準監督署長である(同法施行規則第四一条)即ち労働者が重大な過失によつて業務上の負傷又は疾病をした場合にその過失を労働基準監督署長が認定した場合には使用者は法第七六条の休業補償又は法第七七条の障害補償の義務を免かれるが右過失の認定なき限りは使用者はなお前記各補償の義務を負い客観的に「労働者の重大な過失による負傷疾病」があるということだけで(その認定なきに)その義務を免れることはないのである換言すればこの場合右補償の義務ありや否やは一にかかつて労働基準監督署長の認定(処分)如何にあるのであつて原判決が単に「各法条にあてはまる事実が生じたとき法律上当然に発生するのであつてその権利義務の発生につき行政庁による何等かの処分の介在を要件とするものではない」となしているのは既にその前提において重大な誤りがあるのであるしかも右認定に異議あるものは法第八五条により行政官庁たる労働基準監督署長に審査の請求ができ審査の結果は「労働者の重大な過失ではない」という決走をなすに至ることもあり得る訳である使用者においてその決定に異議があれば同法第八六条により労働者災害補償審査会に更に審査請求ができ同審査会において前同様「労働者の過失に非ず」と認定した場合一体使用者の前記補償義務はどうなるであろうか原判決認定のとおりであるとすれば右各審査の結果は何等関係者の権利義務に影響を及ぼさないのであるから右審査の結果に拘らず使用者は依然として補償の義務を負わない筈であるかくては労働者保護を主たる目的とする法の精神は大半失われる一旦「労働者の過失の認定」があつてもその後法第八五条第八六条の審査の結果「労働者の過失に非ず」と認定された以上使用者はこれに従うべきものでありこの審査の結果は使用者を拘束するものと解する。

また労働基準監督署長は使用者が右審査決定に従わない場合法第七六条、第七七条違反として告発することができ(法第一〇二条)その結果使用者は第一一九条によつて処罰される。

即ち原審認定の如くんば一旦労働者の過失の認定があればその後の審査決定によつてこれを左右されることなく新たに補償義務が生ずる筈がないのにその審査決定に従わざる結果は告発され処罰される不合理を生ずる。

これ右審査決定により新たに補償義務を生ずるものと解するに非ざれば到底理解することを得ないのであつて換言すれば審査決定が関係者の権利義務を拘束するものに外ならない。

而してこのことは独り前記休業補償、障害補償の場合に止まらず本件の遺族補償葬祭料支払の場合も右と等しく法第八五条、第八六条の審査決定であるからやはり関係者を拘束するものと解さねばならない、前者の場合は拘束するが後者の場合は拘束せずとなすは不当なるべく、また原審の如く何れの場合も拘束せずとなすの不可なるは前述のとおりである。

原判決が労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会の審査の結果は何等関係者の権利義務に影響を及ぼさないとなすは明らかに法の解釈を誤つていると解する。

(二) なお原判決は「労働基準法第七十九条、第八十条による使用者の災害補償義務は労働者が業務上死亡することによつて当然に発生するのであつて、労働基準監督署長或は労働者災害補償審査会の審査又は仲裁の結果により発生するものではない使用者が労働基準法第百十九条により処罰されるのは労働基準監督署長或は労働者災害補償審査会の審査又は仲裁の結果に従わないためではなく右審査又は仲裁の有無に拘らず労働者が業務上死亡したという事実に基き発生した災害補償義務に違反することによるものである」旨判示している。

けれども単に人の死亡という事実ならば使用者も容易に知り得るところであろうかその死亡が業務上のものであるかどうかはたやすく知ることができない場合であろうからかかる場合何等かの機関によつて業務上の死亡なりや否やを認定されることを要する、而してこの認定をなす者は労働基準監督署長であり労働者災害補償審査委員会である。

そして右機関によつて業務上の死亡なりとの認定があつたとき初めて使用者に災害補償の具体的義務が発生するものといわねばならない。このことは前記休業補償、障害補償の場合に労働者の重大なる過失があつてもその認定があつて初めてその義務を免れるのと何等異ることがあるべきではない。

現に労働基準監督署長は右審査決定に基く勧告に従わないとき告発を為し使用考は処罰される。

若し審査決定が何等関係者を拘束するところがなく補償義務は審査決定によつて生ずるものでないとすれば労働基準監督署長の「業務上の死亡」との審査決定に対し更に労働者災害補償審査会に審査請求を為しその結果は「業務上の死に非ず」との決定を得て使用者がそれに基き労働者に災害補償をしない場合労働基準監督署長は自己の見解によつて使用者を告発しその結果使用者は処分されることとなるかくては審査の結果補償義務なきものとして安心していることができないのであつて使用者は常に不安の状態に居らざるを得ない。

労働基準監督署長の審査の決定もその上の労働者災害補償審査会の決定も共に関係者を拘束すると解して初めてこの点は解決される。

かように労働基準監督署長に告発の権を認めている点及び罰則の適用ある点からしても労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会の審査の結果は関係者を拘束するものと認められる。

(三) 更に原判決は「使用者が労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会の審査の結果に従わない場合には災害補償義務違反として告発され、検察官によつて起訴されるというような不利益を蒙るおそれのあることは避けられないところであろうけれども刑事訴訟法による官公吏の告発義務の有無及び検察官の起訴又は不起訴の処分はいずれも使用者に災害補償義務違反があるかどうかの判断に依存するのであつて行政庁の審査の結果と直接相関するものではない--中略--災害補償義務違反があるかどうかの判断は労働基準法に規定する災害事実の有無に係るもの、即ち本件の場合についていえば控訴人(上告人)の職員木村清作の死亡が業務上の死亡と認め得るかどうかの事実認定に依拠すべきものであつて行政庁のした審査又は仲裁の結果によつて左右さるべきものではないのであるから使用者が前記のような不利益を蒙るおそれがあるからといつて行政庁のした審査又は仲裁の結果の取消を求める法律上の利益があるものということはできないのである」と判示している。

けれども労働基準監督署長が告発を為すは使用者が自己の審査決定又は労働者災害補償審査会の審査の結果に従わないとき補償義務違反ありとして告発するのであつて行政庁の審査の結果と相関するものでないどころか正しくその審査の結果と相関するのである。

前述のように休業補償、傷害補償の場合にも先に「労働者の重大な過失」と認定して使用者に補償義務がなくなつてもその後に労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会の審査決定により「重大な過失によつたものでない」と認定されたに拘らず使用者が右補償を為さなければ労働基準監督署長は告発するのであつて審査決定に相関してなすものであること明らかである。

従つて仮に右審査決定が直接には関係者を拘束することがないとしても右審査決定は罰則の規定と相俟つて間接に関係者を強制するものであるから関係者の権利義務に至大の関係があるといわざるを得ない。

(四) 以上要するに労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会の審査の結果は関係者の権利義務に直接法律上の効果を及ぼすものである。仮りに直接法律上の効果を及ぼさないとしても間接に法律上の効果を及ぼししかもその効果は直接及ぼすと敢て異ならないのであつてこれが違法である以上は当然これが取消を求める利益があると思料する。

<以下省略>

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